上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
昨日、先月心筋梗塞で亡くなった叔母の納骨のために群馬
に行ってきました

6月11日11時からだったんですよね。

で帰ってきたのが8時近くて公式に書き込むので精一杯だったのが
本音です

それと同時に・・津田さんの誕生日を祝う気持ちに切り替えることが
出来ませんでした

祝いたいという気持ちがあっても・・・大好きであっても・・・

私にとって今年の6月11日は叔母との最後の別れの日なわけですから

逆に言うと津田さんの誕生日だったおかげで「忘れられない日」

になりそうです。

未だにひきずってるんです。
人間誰しも死をむかえます。そしてその日がいつくるか・・なんても
わからない。
けれど「どうして??」と思わずにいられない。
何もかもがあの日が最後なんて・・・私はあの日が忘れられない。
今でも鮮明に思い出す・・最後に顔をあわせ最後に投げかけてもらった言葉・・そして人工心肺装置をつけた変わり果てた叔母の姿を見た日・・忘れなれない

倒れたと聞き・・ERにかけつけて容態を聞かされたときに
わけがわかんなかった。
なんで??って。外に出ておもいっきし親の胸で泣いた。
多少医療をかじってこともあり・・絶対に助からないし・・
このまま助かっても元の状態に戻れない・・へたしたら
植物だと思ったときに・・なんならこのまま亡くなったほうが
幸せなのかな?と思った

案の序・・一瞬の苦しみだったから叔母は眠ったように亡くなった

ここには書ききれないほど叔母は大変な生活をしてた。
だから余計にいたたまれなくしょうがない
何も出来なかった自分が悔しい。
「死にたくない・・」と救急車で力なき声で言った叔母のこと
思うと余計に思う。

今まで生きてきたなかで、身近にいた人が突然亡くなったことに
対して現実に受け止めてても・・・
ふとして瞬間に思いだして泣きそうになるんです。
従兄弟の家に行くのも辛いんです。
けれど、従兄弟のために行くしかないし・・・
いつまでもそむいてるわけにも行かないし・・。

逢いたくてしょうがない。もぉ一度名前を呼んで欲しい・・

時の流れが傷を癒すまで私はこの傷を背負うことにしました

話は変わり日付が変わる瞬間久々に昨日見てました

携帯で見てたんですけど…自分の部屋の時計の音がすごく耳に響いた。

『あぁこれで今年の6月11日は終わるんだ』

とみょーに感じさせられたから。


まぁ今日は色々な意味で記念日が重なったから…そのおかげで忘れられない年月日を刻んでくれ、余計に儚さを感じたのかもしれないけど...

何気ない毎日もその日限りなんですよね

明日があるのは当たり前のようで当たり前じゃないのが事実だし…
うん…でもだからといって

『毎日全力で生きてます』

なんて言えない

なんとな~く生きてるかもしんない
ただ毎日の生活にもがいてる、だけかもしんない

だからこういう風に感じる日も必要だよね

なんか文章まとまってないけど・・読んでいただき有難うございました



スポンサーサイト

2006.06.12 


Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。